「藤次郎夜話 =まがうとき= 」  「ブレーキ・オイルよし!ラジエータ・クーラントよし!!ミッショ ン・オイルはって…と、よしよし、綺麗な物だ」  天気の良い夏の午後、私は愛車のボンネットを開け汗と油にまみれな がらエンジン・ルームを覗き込んでいた。  「…エンジン・オイルはってえと…OK,OK!」  一通り、素人点検が終了すると自己満足げに、にんまりと笑いながら  「よしよし、どうやら大丈夫な様で…」 と言いながら、ボンネットを支えていたつっかい棒を外し、車のボンネ ットを静かに閉める。  油と汗で汚れた軍手を外し額の汗を腕で拭い、駐車場脇にある水道に 向かって歩きながら  「しかし、いったいなんだったんだろう?」 と、首を傾げた。  …それは昨日の事。  友人の別荘に泊まりで遊びに行っていて、さてそろそろ東京に帰ろう と車のエンジンをかけたとき、突然幾つかの警告ランプが点灯したかと 思う間もなく、ラジオ・オーディオ等各種電気系統が調子悪くなり、立 ち往生する事態に陥った。最近車は電気系が不調になるとどうしようも ない、特に私の車などはその最たる物で、バッテリーや電気系がやられ ると手の施しようが無い。  更にオート・マチック車であるため、ロープで契引して貰う事も出来 ない。  幸い、バッテリーや走行系に異常はなく、幾つかのヒューズを交換し て家まで騙し騙し帰ってきたのである。  走行中はげんきんな物で、クーラーやラジオが使えないだけで車は調 子よく走ってくれたが、真夏の暑い日にクーラー無しで運転するは、大 変であった…  手に着いた油汚れを洗い、ついでに顔を洗う、水道の水の冷たさが心 地よかった。  愛車に乗り込み一呼吸すると  「これでダメなら、ディーラー行きだぞ!!」 と愛車に脅し文句を言ってイグニッション・キーを捻る。  脅し文句が聞いたのか、愛車のエンジンは一発で始動した。  暫くそのままにしてエンジンの回転が落ちついてくるのを確認してか ら静かにアクセル・ペダルを踏む。  エンジンの回転数が1千5百回転になるまで静かに踏み込み、その回 転に達したらその回転数を維持するようにアクセル・ペダルを操作する。 そして、エアコンのスイッチを入れる。  スイッチを入れると私の顔面めがけて熱風が吹いたが、それは瞬時の 事で熱風は次第に冷えた風になっていった…  エアコンの送風が一定になるのを見計らってアクセル・ペダルを緩め る。  足が完全にアクセル・ペダルから放すとエンジンの回転数は、1千回 転で安定した。  エンジンとエアコンの音を耳を済まして聞く。両方とも特に異音が聞 こえなかった…そして、ラジオのスイッチを入れる。ラジオからは夏の 全国高校野球の熱戦の模様が伝わってきた。  「んじゃ、行きますか!」  私は、セレクト・レバーを”Dレンジ”位置に入れ静かに車を車庫か ら出した。  少し走ってみて昨日と調子が変わらなかったら、そのまま鮫洲か池上 のディーラーに駆け込む魂胆であったが、どうやら調子は良くなったら しい。  アクセル・ペダルを踏み込む、ラジエータの水温がまだ上がっていな いせいか出だしが少し重い。  環状7号線に入り大森の入り口に差し掛かる頃、愛車のエンジンはい つもの調子に戻った。  平和島陸橋を渡り、大井埠頭に入る。  大井埠頭に入ってから愛車を路肩に寄せ、思いつくままに色々なスイ ッチをいじってみる。しかし、昨日の出来事が嘘のような調子良さであ った。  (こいつめ、昨日はやきもちを焼きやがったか?) そう想いながら、私はいつものお気に入りの場所に向かった。  …私の愛車はやきもち焼きである。どういう訳か知らないが、若い女 性を助手席に乗せると途端に調子が悪くなる、それがたとえ従兄弟だろ うが友人の妻だろうが…  昨日の友人の別荘からの帰りは、友人が連れてきた女友達数人を乗せ ていく予定だった。それが出発前のあのトラブルである。  友人の女友達は皆私の車を「見かけ倒し」とか「役立たず」とか罵っ て、狭い友人の車に乗り込み、入れ替わり私の車には男の友人どもが乗 り込んできた。  その男どもにもクーラーも効かない私の車の中でさんざん文句を言わ れ、挙げ句の果てには車内で宴会を始める始末…思い出すだけでも嫌に なる。  …やがて、お気に入りの場所である埋め立て地突端にある海浜公園の 看板が見えてくる。  私は愛車を海浜公園の駐車場に入れた。  この海浜公園は、最近出来たばかりで余り知られていないらしく何時 も空いている。  数カ月前に偶然この辺をうろうろしていて見つけた穴場である。この 公園の沖には羽田飛行場の拡張工事の現場が広がっている。工事が終わ れば、京浜島同様飛行機の離発着を見られる絶好のデート・スポットと なる事であろう…しかし今は静かな公園、私の気分を落ちつける気に入 った場所。私はこの公園の芝生にごろんと横になってボーッと海を眺め ているのが好きである。  海浜公園駐車場で、愛車のボンネットを開け再び点検を始める。しか し、どこにも異常は無い様だった。  ボンネットを閉め、周りを見回す。  辺りには、アベックの姿がちらほらと見える。  私はいつものように公園内の海辺の芝生にゴロンと横になり海を眺め ていた。  …どの位経った事であろう、時計を見ると時刻は午後5時半を指して いた。  私は起きあがると背中に付いている芝を払い、愛車の元に歩いて行っ た。  愛車が見えるところまで行くと私はふと足を止めた。  そこには、私の目は私の愛車をしげしげ眺めている女性の姿が映って いた。  (何やってんだろう?)  私はゆっくりと愛車に近づいて行った。  女性は私が近づくのに気付かないらしく私の愛車を覗き込んでいた。  私は彼女を一別して愛車のドアに手を掛けた…その途端、  「あなたこの車の持ち主?」 と彼女から声を掛けられた。  「はい、そうですが?」 と答え、彼女の方を見たが、私の普段の癖で、低い声と上目ずかいの目 線は、多分彼女からみると睨み付けられたと見えたらしい。  彼女は一瞬ビクリとして  「い、いい車ですね…」 とまるでその場を繕うような返事をした。  「は?はあ」 と曖昧な返事をして、ドアロックを開けた。  車に乗り込もうとする私に追いかけるように、  「あのーー、すみませんが途中まで乗せて行ってもらえます?」  「あー?」  私は怪訝そうな顔をした、フロントグラスの向こう側で両手を併せて 精一杯の作り笑顔で懇願している彼女は、察するところ彼氏と共にここ の公園に来て喧嘩分かれしたのだろう…  私の周りに駐車されている車は、みんなアベック達が乗ってきそうな ベンツやらBMWやら国産車ではローレルやらシーマなどがあった。  それに引替え、私のスカイラインなど如何にも一人身ですといわんば かりである。  (なるほど、これが目的か!) と考え、私はしょうが無いとばかりに首を少し横に降りながら、  「トラブルなら御免だ!彼氏の元に帰ったら?」 私は、今度ははっきりと脅す口調で言ってイグニッション・キーを捻っ た。  彼女の顔が曇り今にも泣き出しそうな雰囲気になった。  途端にエンジンがかかりづらくなり、セルモーターの悲鳴にも似た 唸り声がここだけ沈んだ空間の中に響いていた。  「げっ!なんでエンジンがかからん?」 暫くイグニッション・キーを捻っていたが、相変わらずセルモーター の唸り声が響くだけであった。  「くそ!」 と言って、運転席側のドアを開け、車外に飛び出しボンネットを開けた。  「…あのぅ…どうしました?」 と、彼女は鬼気迫る形相でボンネット内を見渡している私に対して恐る 恐る聞いた。  「うるさい!あんたには関係のない話だ!!」 と、焦る私は言い放ってしまった。  途端に彼女は声を上げて泣き出してしまった。  (うわっ…なんだ?) と、私は驚き、また、私には、彼女が泣き出した理由が理解できなかっ た。  彼女の泣き声に反応して、周囲に居たアベックがこちらを注目する。  私は、頭を抱えてしまった…そして、やけになって。  「判った!乗っていいよ!エンジンがかかったなら、送っていくから !!」  私は半ば諦め顔で言った…泣く子と地頭にはなんとやらである。そう いう間もなく、彼女はいそいそと愛車に乗り込んできた。  (ったく!節操もない…) と思いながら、忌々しそうに見ている私の視線を知ってか知らずか彼女 は愛車に乗り込むと、さっさとシートベルトを着けた。  一応見たところ、エンジン関係には異常がない。  運転席に戻って計器類を見ても異常はなく、また警告ランプもついて いなかった…私は、もう一度イグニッション・キーを捻ってみた…途端 に愛車は何事もなかったように快調なエンジン音をあげ始めた。  「???」  私は訳が分からなくなり、暫く唖然としていたが、  「エンジンがかかったようですね」 と、言う彼女の一言でハッと我に返り、「ああ…」と一言つぶやいて運 転席から降りると、開けっ放しのボンネットを覗き込んだ…エンジンは 快調に作動していた…  ボンネットを閉めて運転席に戻ると、助手席にいた彼女はニコリと笑 って、  「約束でしょ、送っていって下さいね」 と言った。それに対して私は少々腹を立てて、  (チッ!面倒な事になったな…) と内心舌打ちして私は少々ふてくされて車を発進させた。  「助かったわ!帰り道が判らなくて、一時はどうしようかと思ってい たの…」  気持ちは判る、こんな埋め立て地の突端に放り出されりゃ誰だって心 細くなる。  「私こんな所までくるの初めて…あなたはよく来るの?」  「あそこは静かで良い所ね、また来ようかしら…」  彼女はその場を取り繕う為に必死になってしゃべっている。これがさ っき声をあげて泣いていた女性の台詞だろうか?  「それで、どちらまで送りましょうか?平和島?それとも大森?」  彼女また何か言い出そうとしているのを制するように言った。  彼女は、私の言葉にシュンとして、  「…セイジョウ…」 と小声で言った。  (成城だぁ?何様の積もりかね!)  私は彼女の言葉を聞いて、また腹立たしくなった、そして聞こえてい ながら、わざと  「はい?どこまででしょ?」 と、冷たく言い放つ私に  「…だからぁ、出来れば成城まで送って欲しいなぁ…なんて…ハハ ッ、ダメかしら…?」 こんどは、彼女もはっきりとしかも精一杯の作り笑いで言った。そして、  「お願いします!わたし今、一銭も持っていません!!お礼ならしま すから…」  と、車中で無ければ土下座でもしかねないかの様な半ベソ声になった。  そんな彼女の言葉を無表情に聴いていて、なんだか急に可愛そうにな って、  「はいはい、判りました!」  「…スミマセン…」 と言って、彼女は下を向いた。  彼女は暫く黙っていた。  私は、気分転換に車のラジオを付けたが、ラジオはウンともスンとも 言わなかった。  「ありゃ?また故障か」  左手で、盛んにラジオやオーディオのスイッチをいじくり回したが、 さっぱりであった、その内彼女が、  「どうかしましたか?」 心配そうな顔をして覗き込んだ。  「あっ?いや…ラジオの具合がよくなくて…」 と言いながら、愛想笑いをして  (このーー!また、やきもちかよーー!) と内心怒っていた。彼女は何ともいえない表情をしていた。  平和島陸橋に差し掛かると、道は帰宅ラッシュにぶつかったらしく、 渋滞を呈していた。  長距離トラックの爆音、若者の過剰なカーオーディオの騒音の中、こ こだけが暗くしんみりと静かな空間が車内に満ちていた…  (だーーーっ!なんとかしてくれーーー!!)  悲壮な願いにも似た叫びが脳裏を横切っていた。  その内、渋滞に混じって車は国道15号線の交差点に差し掛かった。  その時になって、ようやく彼女が口を開いた。  「私ね、国産車好きよ。特にこの型のスカイラインが…」  私は突然の彼女の言葉にびっくりすると共に、唖然とした。なぜなら、 BMWやベンツなどがいいという最近の女性が、国産のスカイライン、 しかも現在生産されている型よりかなり古い型の物を褒めるとは容易に 信じられなかったのである。  昨日の友人の女友達どもも、ベンツだBMWだとか言っていて、私の 車に乗ろうとした動機が、友人の車より広いからとの理由だけであった…  「お父さんが、昔からスカイラインが好きで私が小さな頃からスカイ ラインに乗っていたわ…」  私はそれを聴いて  (さもあらん…) と内心納得して、更にふんぞりかえった…なぜなら、不思議な事にスカ イラインと言う車種は、一旦オーナーになると次の買い替えの対象車は スカイライン以外考えないと言われるほど不思議な魅力を持つ車種であ る。  「綺麗に乗っていらしゃるのね」 と言って、彼女はダッシュ・ボードを優しくなぜていた。  私は、彼女から問いかけが無ければ答えないようにしていた。  なぜなら、男女の痴話喧嘩に首を突っ込むほど野暮でもないし、そん な事を聴いても面白くないからである。  その内彼女の気分が落ちついたら何か言い出すだろう…その時は彼女 の話しを聞き流すだけにしようと考えていた。  車はやがて渋滞の中、国道1号線の立体交差の下に通り過ぎた…何時 もならその次の陸橋をくぐったところで脇道の坂を登り、それで家に帰 るのだが…  そのとき急に彼女が発作的に言った、  「その次の陸橋をくぐったところで左に曲がって坂を登って下さい!」 と、彼女は脇道の坂を指さした。  「えっ?なんで?」  驚いた私に、彼女は甲高い声で、  「いいから、曲がって下さい!!」  私は訳も判らず、彼女の言う通りに曲がって坂を登った。すると今度 は  「坂を登りきったところで右に曲がって下さい」 と、その指を私の目の前に出して言った。  「いったい、どこに行く積もりですか?」 いい加減してくれと言いたいのを抑えて言う私に  「いいから、ここは私の言うとおりにして下さい」 と、強く命令する口調で彼女は言った。  彼女の言うとおり、坂を登りきったところで右に曲がる。このまま左 に曲がって陸橋を渡れば、家に着く。  「ごめんなさい…へんな女と思ったでしょ…?」 照れ笑いに似た表情をしてちょっと舌を出す彼女の言葉にキョトンとし ながら  「ははは…(十分変ですよ!!)」 と苦笑いしていた。  新幹線の鉄橋の下をくぐった所で、国道1号線にぶつかる。すると彼 女は、 「このまま国道を走って、環状8号線に入って下さい」  彼女の言うとおり国道1号線を川崎方面に走る。  「環状8号線に入ったら、もっと渋滞するけど!」 と、言う私に彼女はニコリとして  「大丈夫よ!私を信頼して!!」  (やれやれ…何考えてんだか…) と思いながら、私はブスッとして愛車を運転していた。  国道1号線は渋滞していたが、それは五反田方面の路線であり、川崎 方面はさほど渋滞していなかった。  そして、環状8号線の交差点を右折する。片道1車線の地域を抜ける とそこには片道3車線の道路が広がっていた。  車は快調に走る。そして見る間に目黒通りとの立体交差に過ぎる、途 端に渋滞となるのが毎度の話…しかし、不思議な事に目黒通りとの立体 を過ぎても渋滞に会わなかった。そればかりか、国道246号線付近の 慢性的とも言われる大渋滞にも遭遇せず、僅かに東名高速道路の東京イ ンター出口の渋滞と、世田谷通りに右折する測道の渋滞に会っただけで すんなりと世田谷通りに入ってしまった…  あまりにすんなりと行き過ぎたので、驚いている私にコロコロと笑い ながら、  「ね、驚いたでしょ?環状8号線には夕方にホンの一瞬だけガラガラ になる瞬間があるの…私達は運よくそれに乗った訳」 と、言って彼女はまだ信じられずにボーセンとしている私の頭を人差し 指で小突いた。  「まだ信じられない」 と言う私に彼女はいたずらっぽい目をして  「”まがうとき”って言葉。知ってる?」 と首をちょっと横にして訪ねた。  「”まがうとき”?…聴いた事がある。丁度日暮れから日が完全に沈 みきって辺りが暗くなるまでの間の事だろ?そう、丁度今の時間帯だ」 と、私はうろ覚えの知識を引っ張り出して言った。  「そう、正確には”逢魔が時”と言ってね、魔物と人間が出会う時間 の事を指すの」  「ふーん」  感心したように返事する私に  「この時間帯は、事故が多いと言う話を聴いた事がない?」  「それはただ、人間の目が闇になれないためだろ?」  「…そうね。それもあるわ、でも、魔物がいたずらするときもあるの よ」 と言って目を細め通りを指さし、  「たとへば、こんなふうに…」  みると、世田谷通りもすいていた。  世田谷通りに入る頃にわかに暗くなってきた…  「ねえ、貴方、私…いえ、この車買ったときの事を覚えている?」  世田谷通りをNHKの研究所の前を通過する頃、彼女は、突然訪ねた。  「えっ?そ、そうだな…あれは劇的な出逢いだったなぁ…」 驚いてしかも彼女の言葉につられて、私はつい答えてしまった。なぜか その頃には私の心のわだかまりは取れていた。  「ねえ?どんなふうに?」 彼女は私の顔をのぞき込むように言った。その目はなぜかキラキラ輝い ている様に見えた。  「そうだね、なんというか…こいつを始めてみたのは、この先にある 成城の中古車センターでね…数ある同じ車種の中からこいつだけが私を 引き付けていた…そう、それは正に一目惚れと言ってもいいような…」  私は、遠くを見るような思いがした。  「こいつは、前の持ち主が女性だったそうで、走行距離も大して走っ て無くそれは綺麗な物だったよ」 私は、更に続けた。  「色々トラブルもあったが、こいつは丈夫で無茶な運転にもまるで私 の手足の様に動いてくれる…車検さえなければいつまでも乗っていたい なぁ…」  「そう、それは良かった…安心したわ…」 と、彼女は目を細めなぜか安堵の顔色を浮かべた。  …やがて、成城の駅前に行く通りとの交差点に差し掛かった。しかし、 彼女は曲がれとも言わず黙ったままであった…  そして、さっき私が話した中古車センターの看板が見える頃。  「じゃ、私はそろそろ帰るから…送っていただいて有り難う!もう2 度といたずらしないから。この車大事にしてね!!」  「エッ?」 と私は彼女の方を振り向いた。しかし、彼女の姿はどこにもなかった…  驚いて、車を道の脇に寄せ、すっかり暗くなった周りを見回している 私の耳元に  「うふふふ、言ったでしょ!”まがうとき”って…それから帰りは 環状8号線を使ってね」 と、いたずらっぽく囁く彼女の声が聞こえた。  「それから、ラジオはボリュームを絞って聴いてね、音が大きすぎる わよ」 と付け加えていった。  まるで、狐か狸に化かされた様な気分で家路に着く、彼女の言葉が気 になって、ラジオのボリュームを絞った…するとどうであろう、今まで ウンともスンとも言わなかったラジオが急に鳴りだした。  「…交通情報です…環状7号線内回り外回りとも約1時間前に発生 した駒沢通り付近の道路陥没事故の為、現在通行止めです。尚、復旧の 見込みは現在の所経っておりません…繰り返します…」  私は、それを聴いて背筋が凍る想いがした…なぜなら、あのまま環状 7号線を走っていたなら、あの渋滞では丁度陥没事故が起こったときに は…  数日後、愛車のエンジン・オイル交換にわざわざ成城の中古車ディー ラーに行き、この車の前のオーナーについて問いただした…結果は、言 うまでもなく前のオーナーの女性は病死していた…  …あれから、愛車は故障も無く快調に動いている…しかし、相変 わらず若い女性を乗せたときにはラジオやクーラーが効きにくくなるが… 藤次郎正秀